【学制公布】なぜ明治時代の就学率は急増したのか

 

 こんにちは。本宮貴大です。

 今回のテーマは「【学制公布】なぜ明治時代の就学率は急増したのか」というお話です。

江戸時代までは身分制度が強固であり、立身出世はありえませんでした。しかし、明治時代になり、身分制度が撤廃され、四民平等となりました。福沢諭吉は著書『学問のすすめ』で貧富の差は勉強したか否かの違いであると説きます。誰でも立身出世が出来る時代になったことで、当時の若者は奮い立ち、日本に教育熱が巻き起ったのです。

 

  近代国家を有効に進めるには、国民の知識水準を高めることは必須でした。そこで、政府は、全ての国民は等しく教育受けるべきだとする「国民皆学」を目指した教育制度の充実に力を注ぎます。

 その手初めとして政府は、1871(明治4)年、教育行政を担当する文部省を設置します。その翌年、学制が公布されます。これによって、フランス式の教育制度を範とし、全国を8大学区にわけ、それをさらに32中学区に分け、さらに210の小学区にわけ、各学区に大学、中学、小学校の各1校を設置する計画が出されます。しかし、この理想的な計画は、当時の日本にはハードルが高く、1879年にアメリカを範とした教育令に取って代わられます。

 しかし、これも上手くいかず、政府は模索を始めます。そして啓蒙団体・明六社創立者である森有礼が初代文部大臣に就任後の1886(明治19)年、学校令が公布され、小学校が義務教育となります。1889年には大日本帝国憲法が制定され、徐々に憲法に基づいた教育制度が整ってきます。

(学校令・・帝国大学令師範学校令・中学校令・小学校令などの一連の法令の総称です。)

 

 驚くべきは、義務教育の定着率の速さです。明治時代の30年間の短期間で男女ともにほぼ100%の就学率となりました。義務教育の定着率の推移を見てみましょう。

  学制公布直後の小学校の就学率は30%程度でほとんどが男子でした。しかし、1875年には女子が20%近くまで伸び、男子は50%を超えました。1890年には男子は70%に対し、女子は30%程度に留まりました。しかし、その後、女子の就学率が急上昇し、1900年には80%を超えました。そして、1910年には、男女ともに100%近くになり、ほぼ全ての国民が小学校に通うようになりました。

 

  なぜこんな急速に就学率が増加したのでしょうか。

 

 もちろん政府が積極的に教育制度の拡充を推し進めたことも要因の一つですが、それだけではありません。

 というのも、本来、子供は大事な働き手であり、まともに働けるようになる6歳以上の子を、わざわざ授業料を払ってまで学校に通わせるのですから、人々の強い動機が必要です。実際に農村では、貴重な労働力である子供を通学させることに反対の声が上がり、授業料の負担も軽くはなかったので、小学校廃止を求めて農民一揆が起きています。

 

 それでも結果的に就学率がここまで定着したのはなぜでしょうか。

  それは従来の身分制度が撤廃され、誰でも立身出世が出来る世の中になったからです。つまり、「出生して豊かな暮らしがしたい」という強い願望が子供や若者達に芽生えたのです。

  前代の江戸時代は「士農工商」という強固な身分制が敷かれており、武士の子は生涯武士として、農民の子は生涯農民として、商人の子は生涯商人としてその使命を全うすることが常識でした。

しかし、明治時代になって「士農工商」という身分制度が撤廃され、「えた・非人(ひにん)」という言われなき差別もなくなり、武士以外の平民(農民・職人・商人)も名字を名乗ってよいとされる四民平等が基本方針となりました。

 

 森有礼同様に明六社の中心人物だった福沢諭吉は「天賦人権論」を説きます。これは「人は生まれながらに平等であり、その権利は天皇や政府から与えられたものではなく、人が自然と持っている権利であり、まさに天から与えられたものだ」という思想で、福沢の著書『学問のすすめ』でも「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」と、平等権が唱えられています。

 しかし、それは生まれた瞬間だけの話であり、その後、貧富の差はどんどん開いていき、その貧富の違いは勉強をしたか否かの違いだと説きました。だから『学問のすすめ』なのです。

 

 中学校(現在の高等学校に相当。)を優秀な成績で卒業すれば、教員になるための師範学校や、軍人になるための陸軍士官学校に入れます。両者は授業料が無料なうえ、寮まで完備されています。そこを卒業すれば教員や職業軍人という現在の公務員になることが出来ます。つまり生涯安泰ということです。

 さらに成績優秀者は師範学校から高等師範学校を経て、大学に行けます。大学にいけば将来は高級官僚です。さらに体力に自信があれば陸軍士官学校から陸軍大学校を経て将官として軍の中枢部に入ることが出来ます。

 

「勉学で優秀な成績を修めれば、誰でも高級官僚になれる」

 

 こんなことは従来の封建社会では絶対にあり得なかったことです。たとえ極貧の家に生まれたとしても学校に通って優秀は成績を修めれば、将来の展望が開けるなんて、日本史上初めてのことです。現代でこそ当たり前の事ですが、当時の人々には強烈なインパクトで刺激が強すぎます。

 人々はどうにかして小学校に通おうとしました。家柄や身分に関わらず誰でも立身出世が出来るという千載一遇のチャンスに、勉強しないわけがないのです。

 

 福沢諭吉の『学問のすすめ』は空前のベストセラーとなりましたが、当時の子供や若者を奮い立たせ、日本に教育熱を巻き起こしたのです。このように従来の身分制度を撤廃したことは、社会秩序を根本から変える大改革となったのです。

 

以上

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

本宮貴大でした。それでは。

 

参考文献

斎藤孝の一気読み!日本近現代史         斎藤孝=著  東京堂出版

風刺漫画で日本近代史がわかる本         湯本豪一=著 草思社

教科書よりやさしい日本史            石川晶康=著 旺文社

もういちど読む山川日本近代史          鳴海靖=著  山川出版社

ニュースがよくわかる 教養としての日本近現代史 河合敦=著 祥伝社