政治経済の勉強 基本的人権はいかにして成立したか。

 こんにちは。本宮 貴大(もとみや たかひろ)です。

この度は、記事を閲覧してくださって本当にありがとうございます。

今回のテーマは「政治経済の勉強 基本的人権はいかにして成立したか。」というお話です。

是非、最後までお読みくださいますようよろしくお願いします。

「政治経済」の科目において特に政治分野は基本的人権がいかにして成立したかを把握することで理解がスムーズになります。

 基本的人権といえば、「平等権」、「自由権」、「社会権」、「参政権」があります。今回はこれらの人権が成立した歴史をご紹介したいと思います。

 

 歴史は17世紀の絶対王政の時代に遡ります。

 絶対王政とは、「国王」という絶対的な権力を持つ者が存在し、庶民は「臣民」とよばれ、家臣や家来のように国王への絶対服従が要求される支配体制のことです。このように絶対王政期は支配する者と支配される者の明確な区別がされていたのです。イギリスではエリザベス女王、フランスではルイ14世が。日本でも国王という名前こそ付かないものの、奈良時代平安時代には天皇が。そして足利将軍や徳川将軍のような絶対的な権力を持つ国王が君臨していました。

 

 基本的人権は国王による人権侵害を防ぐために作られたものです。人権を保障することによって国王の国家権力を制限し、国民の権利が不当に侵されることのないようにしたわけです。

 

 基本的人権で人々が最初に獲得したのが、「平等権」と「自由権」です。国民は自由と平等を求めて戦いを起こすのです。イギリスでは権利の章典を唱えた清教徒革命や名誉革命が、アメリカでは独立宣言を唱えたアメリカ独立戦争が、フランスでは人権宣言を唱えたフランス革命がそれぞれ起きます。これらを市民革命と言います。

 

 これによって、従来の「国王が偉く、臣民は偉くない」という区別された身分制度から、皆、平等な立場であるという身分を区別しない考えと、思想の自由、信仰の自由、表現の自由職業選択の自由、財産を築く自由など国王から一切干渉されない完全な自由が実現したのです。

 

 自由な職業選択や自由な経済活動が出来るようになったことで資本主義が発達します。しかし、これが新たな問題を引き起こします。それは貧富の差です。自由な経済活動によって成功出来た人と成功出来なかった人が現れたのです。

 

 国王から余計な干渉を受けないという自由を手にしたのはいいのですが、成功出来なかった労働者にとってその自由とは「のたれ死にする」か「橋の下に寝る」かの自由でしかなかったのです。

   

 そこで人々は「社会権」を要求し、社会的に弱い立場の人達を助ける法律を国家権力に求め、次々に成立させていきました。 この「社会権」とは全ての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利のことで、現在の日本では「生存権」と呼ばれるものです。

 過去の記事でも述べましたが、世の中の原則そして「自由」と「平等」はトレードオフの関係にあり、両者を同時に成立させることは出来ません。したがって、全ての国民は生まれながらに自由で平等であるとしても、

 自由であるが故に強い者と弱い者が出てきてしまい、必ず不平等を招いてしまいます。それを解消するために成立した人権が「社会権」だったのです。

 

 国家に一切の干渉をしないよう自由と平等を保障してもらう一方で、国家に社会権という最低限の生活を保障してもらうようになったのです。さらにその保証してもらう国家も世襲のような一族で地位を独占する君主制では自由と平等に反するため参政権も要求するようになりました。これによって、代表者も国民全員が自由に決め、国民にも代表者になるチャンスが平等に与えられたのです。

 

 このように基本的人権は国王の支配からの解放を目的として成立したものです。しかし、もっと本質的な部分に着目すると、例え議会や国会で法律が成立しても、その法律が人権を侵害するものであれば、たとえ多数派の意見でもその法律は成立しないことをあらかじめ決めておくことでもあるのです。

以上。

今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

本宮 貴大でした。それでは。