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【真珠湾攻撃1】ルーズベルト陰謀説は本当か?【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】

 

 こんにちは。本宮貴大です。

 この度は記事を閲覧してくださり、本当にありがとうございます。

 今回のテーマは「【真珠湾攻撃1】ルーズベルト陰謀説は本当か?【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】」というお話です。

 真珠湾攻撃とは日米開戦のきっけけとなった悪名高き日本海軍による奇襲攻撃ですが、未だに囁かれているのが、ルーズベルトの陰謀説です。ルーズベルトアメリカの議会や国民に対し、戦争参戦への口実をつくるために日本軍に専制攻撃をさせたのだということです。

 しかし、これには根強い反対論もあります。それは「攻撃を知っていたにしては、被害が大きすぎる」ということです。

 一体、あの時、何が起きたのでしょうか。

 ということで、今回は日本が真珠湾奇襲攻撃を仕掛けるまでのストーリーを見ていきながら、「真珠湾攻撃ルーズベルトの陰謀だったのか」をご紹介していくことにします。

第32代アメリカ大統領のルーズベルトアメリカの国民感情を煽るために日本海軍に真珠湾への専制攻撃を画策します。真珠湾のような浅瀬なら魚雷攻撃は不可能だと考えたのです。しかし、日本海軍の「最新鋭の攻撃方法」によってその被害は予想外に大きいものでした。しかし、ルーズベルトはこの被害を利用し、「専制攻撃」を「奇襲攻撃」へと転換させ、「悪の大日本帝国」を作り上げることに成功したのでした・・・・。

 

 フランクリン・デラノ・ルーズベルトは1882年、ニューヨーク州に生まれました。弁護士を経て、1928(昭和3)年にニューヨーク州知事。そして1932(昭和7)年の大統領選では世界恐慌から脱却するためにニューディール政策を公約として掲げ、見事当選。第32代アメリカ大統領に就任しました。1940年には3選(3回連続で大統領選に当選すること)され、その就任後まもなく日米開戦がおこりました。

 

 ルーズベルトは1940年の演説で以下のような公約を掲げていました。

「母であり、父であるあなた方に、私は、何度でも繰り返し約束する。あなた方の子供は、海外の如何なる戦争にも送り込まれることはありません。」

 つまり、「アメリカは第二次世界大戦には参戦しない。」これがルーズベルトの公約でした。これによってルーズベルトを3選(3回連続で大統領選に当選すること)を獲得。

 しかし、ルーズベルトにはこの公約を守るつもりは毛頭ありませんでした。

 ルーズベルトホワイトハウスの軍議でこう言いました。

「諸君、この間、イギリスのチャーチル君から質問を受けた。なぜアメリカは世界が戦争状態にあることをいつまで認めようとしないのか。と」

 ルーズベルトは続けました。

「元来、我が国は中立主義と国際平和を掲げてきた。しかし、もはや中立に立っている場合じゃない。ヨーロッパ戦線ではフランスとオランダがドイツに降伏した。イギリスも追い込まれている。軍事的援助だけではダメだ。我々も参戦するのだ。」

 ルーズベルトはさらに東アジア情勢についても言及しました。

「日本は東アジアで勢力を伸ばしてきている。そんなドイツと日本が国際連盟を脱退し、互いに手を結んだ。このままでは世界はファシズム政党に乗っ取られてしまう。」

 ルーズベルト大統領の危機感は最高潮にまで高まりました。ドイツと日本にこのまま好き放題やらせていてはアメリカの国益が損なわれる。奴ら枢軸国側を抑えるにはアメリカが連合国側として参戦する以外道はないと考えていました。

 しかし、アメリカ国民は戦争には大反対です。ルーズベルト自身も演説で不参戦を明言している以上、ルーズベルト自ら参戦を宣言するわけにはいきません。しかし、そこを何とか世論を覆し、アメリカを第二次世界大戦に参戦させる必要がありました。

 

「大統領、重要なのはアメリカ国民の愛国心を煽ることです。」

「うむ。成功すれば世論はアメリカ参戦に傾くだろう。」

「そのためには確実にジャップに先に討たせる必要があります。絶対にアメリカが先制攻撃をしてはなりません。」

「だが、いかにして彼らに最初の一発を撃たせるかが問題だ。これは難しいぞ。」

 

 悩むルーズベルトのもとに、国務長官コーデル・ハルが訪れ、日本の近況を報告しました。

「大統領、日本が中国からの撤兵に加え、仏印からの撤兵も受け入れると付け加えてきました。奴らはかなり追いつめられています。」

「石油断絶が効いたか。我々は一切譲歩してはならんぞ。さらなる要求を突き付けるのだ。」

「そうですね。日本との交渉など戦争準備のための時間稼ぎでしかありません。最後通牒で奴らを追い込むことにします。」

仏印・・・フランス領インドシナ

 

 1941(昭和16)年11月26日、ハル国務長官は日本に最後通牒ハル・ノート)を突き付けました。その内容は以下のようなものでした。

1.日本は中国及び仏印における軍隊、警察および住民を全面撤退させ、その権益をすべて破棄せよ。

2.日独伊三国同盟は早急に解散すること

 

この通牒を受け取った日本は困惑しました。

満州のような肥沃な土地は、我が国の生命線。こんな要求到底受け入れられるはずがない。」

この通牒をアメリカからの宣戦布告と見なした時の首相・東条英機は、天皇をトップとした御前会議においてアメリカとの開戦を決定するのでした。

 

 この情報はすぐさま日本海軍にも伝わりました。

「長官、我が国は遂にアメリカとの戦争を決断致しました。」

 日米開戦の知らせを聞いた連合艦隊司令長官山本五十六(やまもといそろく)は言いました。

アメリカは資源大国・労働大国だ。本来なら我が国に勝ち目はない。」

「そんな・・・我が国は破滅の道を選んだのですか。」

「長期戦に持ち込まれたら勝ち目はない。ただ一度の攻撃でアメリカ太平洋艦隊を撲滅しなくてならない。」

 そう、山本は日米開戦前から日本はアメリカに勝てるはずもないことを知っていたのです。

 

 その頃アメリカは、日本に専制攻撃をさせるべく着々と準備をしていました。

「大統領、パールハーバーに太平洋艦隊を集結させました。」

「御苦労、うまく誘いだせればよいのだが。」

「大丈夫です。ジャップは必ずやってきますよ。」

「しかし、みすみす攻撃を受けるのはやはり心配だ。一体どれだけの被害が出ることやら。」

「ご安心を。パールハーバーは浅瀬で海底まで12メートルしかありません。とても魚雷が打ちこめるような深さではありません。」

 航空機が魚雷攻撃をする場合、海中に投下された魚雷は一旦、海中を60メートルほど潜り、スクリューで上昇して目標仏に向かって走り始めます。しかし、真珠湾のような浅瀬ではそれが出来ません。航空機が軍艦を攻撃する際、最も効果的なのは魚雷です。魚雷で船腹を破ることが出来れば大ダメージを与えることが出来ます。戦艦は装甲が厚いため、上空から攻撃してもそれほど効果がありません。戦艦を沈めるには、やはり魚雷攻撃が一番効果的なのです。

「だが、空母はどうなる?空母は戦艦に比べて装甲が薄い。爆撃されれば、大きなダメージを食らうぞ。」

「ご安心ください。大統領、空母3隻は別の場所に移動してあります。パールハーバーには戦艦しかありません。」

 

 一方、日本側も真珠湾に太平洋艦隊が勢揃いしているという情報を入手していました。

「長官、ご覧下さい。敵艦隊が集結しております。」

「場所はどこだ。」

パールハーバー真珠湾でございます。真珠湾にはアメリカの戦艦アリゾナ、カリフォルニア、テネシー、メリーランド、ペンシルヴァニアなどの8隻が停泊しています。さらに巡洋艦駆逐艦も待機しています。」

「これは絶好のチャンスだ。」

「しかし、長官、パールハーバーは水深12メートル、湾内の最長で500メートルしかありません。魚雷攻撃は不可能です。」

「魚雷の改造をするのだ。」

 日本は真珠湾という非常に不利な状況を打破するべく先進的な戦術・戦略を練りました。

 日本人の得意な「カイゼン」というやつです。

 まず、魚雷を改造しました。日本海軍はあまり沈まない「浅沈度魚雷」という最新魚雷を開発しました。ひれをつけたことで魚雷の航行を安定させ、水深10メートル程度の浅瀬での攻撃を可能にしました。

 そして航空機のパイロット達は鹿児島県に集められました。錦江湾という場所で1カ月におよぶ魚雷攻撃の猛特訓が行われました。この錦江湾は地形が真珠湾に似ていたのです。

 

 こうして日本海軍中将・南雲忠一の指揮下、航空母艦「赤城」「蒼龍」「飛龍」「飛鶴」「瑞鶴」から成る日本海軍航空機動部隊は1941(昭和16)年11月26日にハワイに向けて出港したのでした。

そして山本から機動部隊宛てに暗号電報が打たれました。

ニイタカヤマノボレ一二○八」

打ち合わせ通り、専制攻撃を行えということです。

そして日本時間12月8日ハワイ近海で出撃命令が出されました。

「中将、全機発進準備完了しました。」

「困難な作戦だ。みんなよくやってくれるとよいのだが・・・」

グオオオオオオオオオオォォ

ギュウウウウウウウウウウウウウウウ~ン

 日本時間の午前1時30分、零戦43機、爆撃機51機を含めた第一波空中攻撃隊が発進。続く午前2時45分、零戦35機を含めた第二波空中攻撃隊が発進したのでした・・・。

 

 今回のストーリーはここまでにしますが、結論としては、真珠湾攻撃ルーズベルトの仕組んだ罠である可能性は極めて高いです。

 一方でルーズベルトの最大の誤算は被害が予想以上に大きかったことです。停泊中の太平洋艦隊の戦艦8隻のうち、5隻が沈没、3隻が大破。2000人以上の戦死者まで出してしまいました。日本の攻撃でアメリカの太平洋艦隊は事実上壊滅状態になりました。実際にこれだけの被害を受けたアメリカがその後、態勢を立て直し、攻勢に転ずるまでにおよそ2年の歳月を要しています。

 それはストーリーにもあったように真珠湾攻撃とは日本海軍の技術の粋が集められた「最新鋭の攻撃方法」によって行われたものだったからなのです。

 つまり、ルーズベルトは日本に専制攻撃を仕向けたつもりが、予想以上の被害を出してしまった。しかし、ルーズベルトはこれを最大限に利用し、「専制攻撃」を「奇襲攻撃」へと転換させることで「卑劣で残忍な日本」を「正義のアメリカ」が叩きのめすという構図を作り上げるのでした・・・・。

つづく。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

本宮貴大でした。それでは。

 

参考文献

仕組まれた昭和史 日中・太平洋戦争の真実    副島隆彦=著  日本文芸社

教科書には載ってない 大日本帝国の真実     武田知弘=著  彩図社

教科書よりやさしい日本史            石川晶康=著  旺文社

昭和史を読む50のポイント           保阪正康=著  PHP

子供たちに伝えたい 日本の戦争         皿木善久=著  産経新聞