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【日米修好通商条約】これはひどい!関税自主権を剥奪され大損害を被った日本

 

 

 

こんにちは。本宮貴大です。

今回のテーマは「【日米修好通商条約これはひどい関税自主権を剥奪され大損害を被った日本」というお話です。

日米修好通商条約で日本には関税自主権がありませんでした。日本は輸出において生糸が爆発的に売れ、輸出が輸入を上回り、大儲け出来ました。しかし、貿易相手国である欧米人には面白くなく、日本から関税自主権を剥奪するという強引で違法な方法で貿易摩擦を解消しました。

 

 

 日米修好通商条約の特に不平等な内容に関しては入試や学校のテストでは3~4点と配点が高いです。今回の記事でしっかり学びましょう。

1858年に締結された日米修好通商条約の主な内容は以下の通りです。

・下田、箱館の他に、函館、新潟、神奈川、兵庫、長崎の5港を開港すること。

・開港場のアメリカ人の居住を認めること。

・日本とヨーロッパ諸国との間に紛争が起こった場合、アメリカが介入すること。

・アヘンの輸入を禁ずること

 

 さらに日米修好通商条約には外国だけが権利を持ち、日本には無いという意味で不平等な条約も含まれていました。それらの主な内容は以下の通りです。

  1. アメリカの貨幣と日本貨幣を交換する時は日本の金銀比率に合わせること。
  2. アメリカ人が日本で犯した犯罪はアメリカの法律で裁くという領事裁判権を認めること。
  3. 日本には関税自主権がないこと。

 

 これと同等の条約をアメリカ以外にイギリス、フランス、ロシア、オランダとも結びます。

 

 前回は2の領事裁判権について述べたので、今回は3の関税自主権について述べていきたいと思います。

 関税自主権とは聞き慣れない言葉ですが、少し解説したいと思います。分かりやすく現代で喩えてみます。例えば国産の牛肉とアメリカ産の牛肉ではアメリカ産の牛肉の方が圧倒的に安いです。アメリカは広大な土地で放牧が可能なため、日本のような畜舎で飼育する必要がないので、労力が安く済むからです。

 一方で、国内産の牛肉は売れず、国内の畜産業は大打撃を受けます。それを防ぐために日本はアメリカに対し関税という税金を上乗せして牛肉を輸入するようにします。仮に国産を100グラムあたり300円、アメリカ産を100グラムあたり200円としましょう。日本が関税率を50%に定めたのなら、アメリカは牛肉に100円を上乗せして日本に輸出しなければいけません。そうすれば、アメリカ産を国内産と同価格になり、国内の畜産業を守ることが出来るのです。この関税率を決める権限を「関税自主権」と言います。日米修好通商条約では、この関税自主権が日本にはないのですから不平等なのは明白です。

  1858年の通商条約締結時の関税率に関しては、実は「双方の合意のもとに決めること」ということになっていました。これは幕府側のかなりの譲歩でした。そもそも主権国家である日本が関税率を決める権限があることは当然で、「関税自主権がない」などというのは明らかに不平等なものでした。今回ばかりは幕府もこれを知っていました。こんな当然の権利を欧米列強は認めず、7年後の1866年に日本から関税率を決める権限を奪うのだから、とんでもない話だ。

  

 図やグラフがなくて恐縮ですが、1859年から始まった横浜での開港貿易において、日本との貿易で圧倒的なシェアを誇ったのは輸出入ともにイギリスでした。輸出品として最も売れたのは生糸で輸出内訳の4分の3を占めており、その売り上げは1859年の約100万ドルから1865年の約3千300万ドル以上にまで増加しました。

 生糸とは蚕(かいこ)と呼ばれる昆虫がはく糸のことですが、それを原料として衣服を製造します。イギリスにはこの生糸がなく、どうしても輸入に頼らなくてはいけませんでした。生糸とは、中国や日本などの東アジアの特産品で、シルクロードという言葉もあるように、はるか昔から東洋と西洋で取引がされました。

 

 一方、輸入においては毛織物、綿織物そして武器や艦船がその内訳でした。

 毛織物とは羊毛と言われる羊の毛を原料として作られる衣服です。綿織物とは綿花という花を原料として作られる衣服のことです。そして生糸を原料として作られる衣服のことを絹織物。毛織物は羊。綿織物は花。絹織物は虫。と覚えておきましょう。

 日本は今後、「衣食住」全てにおいて西洋化が図られるわけですが、横浜での貿易は衣食住の特に「衣」の西洋化が進んだのです。

 

 日本の輸出総額は輸入総額を大きく上回りました生糸はイギリスにおいて爆発的に売れました。つまりイギリスとの貿易は日本が大儲けする結果となったのです。

 日本は生糸の輸出で儲けたお金で、武器や艦船を買う事が出来、さらに、お雇い外国人を雇い、文化文明を受け入れ、たくさんの留学生を欧米に派遣し、欧米の知識吸収に努めることが出来たのです。日本の近代化がいよいよはじまるのです。当時は「軍艦も文化もみな生糸、蚕は忠義の虫なるぞ♪」とうたわれたといいます。

 日本と世界の金銀比率の違いによって、日本から大量の金が国外に流出するという事態が起こりましたが、この生糸の輸出によって少しは取り戻すことが出来ました。

 

 しかし、一方のイギリスは全く面白くありません。いわゆる貿易摩擦が発生したのです。

 

 逆に言うと、イギリスの毛織物や綿織物は日本での市場競争には勝てなかったということです。その理由が品質なのかどうかは定かではありませんが、イギリス製品は他国のそれよりも需要がなかったのです。かと言って、イギリスは生糸の輸入を減らすわけにはいきません。そうなると残りの手段は日本への輸出にかかる関税を撤廃するという強引なやり方しかありません。

  貿易摩擦を解消するためにイギリスがとった行動は実に卑怯なものでした。欧米列強は一致団結して日本に対し、欧米から輸入される全ての商品に対する関税の上限を5パーセントとするように無理やり要求してきました。幕府はこれを受け入れます。

 

 貿易収支が自分達に有利に働かなかったことは誇り高きイギリス人には屈辱以外の何でもありませんでした。何せ相手は日本という非キリスト教国の野蛮人が住む植民地同然の国。

 アメリカをはじめ欧米諸国は貿易赤字を抱えるために日本と通商条約を結んだわけではありません。

 日本を原料納入者として、徹底的に搾取するために通商条約を結んだのです。

 逆に言うと、関税自主権を撤廃させるという強引で不法な手段でも取らなければ欧米の工業製品は市場競争に勝てなかったということです。

 

 その後、日本が生糸の輸出で儲かったのは良いのですが、生糸が国内で品薄状態になるというちょっとバカげた結果を招いてしまいます。長いこと鎖国をしていた結果、貿易下手になっていたのです。

 幕府はこれに対し、五品江戸廻送令を出して対処します。この法令は生糸を含めた5品を、まず江戸の問屋に売り、余ったものを横浜に回せという法律です。しかし、これを厳しく行うと生糸を欲するイギリスをはじめ欧米列強から強い反発を招いたため、うまく実施することが出来ませんでした。

 

 生糸の品薄によって国内では深刻なインフレが起きます。「ダイヤモンド」と「石ころ」ではダイヤモンドの方が少量で希少性が高いため、価格が高いのです。これと同様に生糸も品薄状態になったため、価格が高騰したのです。

 

 生糸の物価が高騰し、経済が混乱し、五品江戸廻送令も効果を発揮しなかったという幕府の無能さに対し、尊王攘夷運動はさらに激化する結果となりました。

 

 以上3回に渡って日米修好通商条約がいかに不平等な条約だったかを紹介してきました。

次回もお楽しみに。

以上。

今回も最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます。

本宮貴大でした。それでは。