【徳川歴代将軍】初代将軍 徳川家康という人物 【番外編】

 こんにちは。本宮 貴大です。

今回のテーマは「【徳川歴代将軍】初代将軍 徳川家康という人物」というお話です。

 

 今回は番外編ということで、わたくし本宮が、江戸時代にタイムスリップして徳川歴代将軍をそれぞれインタビューしてきたので、報告をしたいと思います。

 

 第一回目は江戸幕府初代将軍・徳川家康様についてです。

 

 

 戦国時代は信長のような大天才と同盟を結ぶことが出来ため、戦いに負けること  はありませんでした。いや、本当に彼だけは敵に回したくありませんでした。

 ワシが生涯で唯一負けたのは三方ケ原の戦いです。なので「武田信玄」と聞くと心拍数が急上昇してのう。トラウマになっています。はい。

 

 秀吉は嫌いです。小牧長久手の戦いもそうですが、江戸という沼地だらけのド田舎(当時)に左遷したからです。

ですが、名実ともにワシより上だった秀吉には勝てないと思ったため、大人しく従いました。勝てない戦いはしたくありません。

 

 天下取りは秀吉が死ぬまで待つことにしました。ひたすら秀吉に奉公します。大丈夫。屈辱に耐えるのは慣れています。だてに18年間、人質生活を送っていません。

 座右の銘は「果報は寝て待て」です。

 

 秀吉が死ぬまでくたばるわけにはいきません。なので、健康には人一倍気を遣っていました。医学や薬学関係の本はたくさん読み尽くしました。その知識を生かし、万病円(まんびょうえん)という下剤を調合しました。これは当時流行したサナダムシを殺す薬です。食後に毎日服用していました。その甲斐あって人生50年と言われた時代にも関わらず、73歳まで生きることが出来ました。

 (因みに、現代では薬の調合は免許がいます。良いの子のみんなは真似したらダメよ。)

 

 秀吉が朝鮮出兵をすると言いだした時は本当にビックリしました。戦闘しか脳のない福島正則は侵略計画を提案するし、頭脳派の石田三成君は朝鮮と貿易交渉を提案してきました。

「お前ら頭冷やせよ。朝鮮には武力で勝てそうもなければ、貿易交渉も成立するはずがない。」と思いました。

 まぁそんなバカな奴らは放っておいて、国内で着々と江戸の開発をやりました。どうせ朝鮮出兵は失敗することが分かっていたので。はい。

 

 秀吉の死後は政権を独占すべく関ヶ原の戦いを始めました。得意の裏工作で、戦闘狂の単細胞達を東軍側に寝返らせることに成功しました。彼らはよく働いてくれました。「バカとハサミは遣いよう」という言葉は本当だったようです。

 

 石田三成君とは最後まで分かり合えませんでした。なので石田君を含めた邪魔者は一か所にまとめて叩き潰しました。ズル賢さには自信があります。

 

 趣味は鷹狩りです。その目的は娯楽だけにあらず。遠くに遠征することで、庶民の生活や風土を知ることが出来ます。さらに鷹狩には早起きをします。運動するから消化も良いし、お腹が空くから何でもおいしい。免疫力もアップします。歩くことで前身に血流が行くので脳が活性化し、思考力も上がる。夜は疲れてぐっすり眠れるので、翌朝も気持ちよく目覚めることが出来る。一石二鳥ならぬ、一石十二鳥ですな。

 一見メタボに見えるかもしれませんが、実は筋肉質のマッチョなのです。力士みたいに。

 

 その他、一生を通じて学問に励みました。歴史書、軍記物、医学大全あらゆる書物を読み漁りました。将軍職を引退した後は、これらの書物を可愛い孫達にも読ませています。

 以上です。

 

ありがとうございました。次回は2代将軍・徳川秀忠様のインタビューを報告します。

本宮でした。