日本史はストーリーで覚える!

勉強、教育、人材育成

千利休の教え。

 こんにちは。本宮 貴大(もとみや たかひろ)です。

この度は、記事を閲覧してくださって本当にありがとうございます。

今回のテーマは「千利休の教え。」というお話です。

是非、最後までお読みくださいますようよろしくお願いします。

茶道や伝統芸能の教えに「守・破・離」という考えがあります。まずは「守」、師の教えをしっかりと血や肉にする。そこから「応用」や「創造」が生まれるのです。

 あなたには「師匠」がいますか。

 今回はそんな「目標とする人物」から教えを被るときの姿勢や態度において重要な方法を示した考えをご紹介したいと思います。

 皆さんは千利休という方をご存じでしょうか。千利休と言えば、わび茶を完成させた人ということで非常に有名です。彼の歌の中に以下のような戦国時代から現在まで400以上も語り継がれている考えがあります。

 

「規矩作法 守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな」

 

 つまり、師の教えをしっかり守って、自分のものとし、それを自分自身で応用して破り、新たな教えを自分自身で構築して離れていけという意味です。これを「守・破・離の法則」と言います。

 これは、茶道、武道、伝統芸能などの世界で師弟関係における学びの姿勢を示す言葉で、物事を極めるときの重要な方法論です。「守・破・離」とは彼の歌が由来となっているのです。

 

「守」とは、師についてその流儀を習い、その流儀を守って励むこと。すなわち「学ぶ(まねる)」。

「破」とは、師の流儀を極めた後に、他の流儀についても研究すること。すなわち「応用」。

「離」とは、自己の研究の集大成として、独自の境地を開いて一流派を編み出すこと。すなわち「創造」。

 

 この教えには実にたくさんのメッセージが含まれています。以下に示します。

 

「師の教えをそう簡単に血や肉に出来ると思わないように」

「教えを理解・実践しようとせず、ある日突然空から悟りが降りてくることなどない」

「修行の末に得たものを大切にし、その時は師の教えに執着する必要はない」

 

 特に「守」は非常に大事です。師匠から「型」を学ぶのです。自分の中に「型」を創るのです。「型」があるから「型破り」が出来るのです。そこで初めて自分流の高度な技能を探求出来、ブレイクスル―していくことが出来るのです。

 

 ところで、「守」のステージにおいて、つまり師匠から教えを被るとき、複数の師匠から意見を得ようとしてはいけません。

 師匠は1人にするべきです。1人の師匠のスキル、知識、教えを完全完璧にコピーするのです。

 

 「師匠が1人だけだと考えに偏りが生じるのでは?」と思う方もいるかもしれません。

 しかし、世の中の法則に「集中するから拡大する」という法則があります。分散すると浅い理解に終わります。「二兎を追う者、一兎も得ず」と言いますが、まさにその通り。あれもこれもと欲張ると結局は何も得られないのです。

 

 また、複数の師匠の意見を取り入れようとする人は、それぞれの意匠から共感出来る部分だけを抜き取る傾向があります。

 例えば師匠をA先生、B先生、C先生と持っていたとします。複数の人から意見を得ようとする人は多くの場合、A先生からの共感出来る意見と、B先生からの共感出来る意見と、C先生から共感出来る意見を取り入れている場合が多いです。

 

 これはただ、自分の考えとそれぞれの先生の考えで一致した部分だけを取りだしただけに過ぎません。もっと言うと、過去の自分の考えにおいて、都合のいいところだけをそれぞれの先生からちょっとずつ取り出しただけです。

 よく考えてみてください。教えを被るということは、自分が進化・成長をするということです。すなわち、過去の自分と決別するということです。現状の延長線上にはないのです。師匠の共感出来ない部分も取り入れるから師匠と同じスキルや知識を得ることが出来るのです。

 

 最後にあるドイツ人でニュートン力学でお馴染みのアイザック・ニュートンの名言を紹介して終わりたいと思います。

 

「巨人の肩に乗った小人は、巨人よりも遠くを見渡すことが出来る。」

 

 師匠の教えを完全にマスターすれば、あなたは師匠以上の存在になることが出来るということです。

以上。

 今回も最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。

本宮 貴大でした。それでは。

以上。