お金はもらうものと考えるアリ。稼ぐものと考えるキリギリス。

こんにちは。本宮 貴大(もとみや たかひろ)です。

この度は、記事を閲覧して頂き、本当にありがとうございます。

今回のテーマは「お金はもらうものと考えるアリ。稼ぐものと考えるキリギリス。」というお話です。

是非、最後まで読んで頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。

お金はもらうものだと考えるアリ。お金は稼ぐものだと考えるキリギリス。

 「給与」と「稼ぎ」の違いを理解しておく必要があると思います。この2つは似ているようで全然違います。給与は貰うものであり、稼ぎとは自分から取りにいくもの。安定した収入は確かに魅力的です。仮に自分が成果を出せなかったとしても、給与は貰えます。しかし、それに頼り切ってしまうのはリスクがあります。

 

 成果を出せなくても月々の給与がポンポン振り込まれる制度の中ではどうしても甘えが生じてしまいます。しかし、この発想では、一生収入を増やすことはできません。

 もし、会社が倒産した場合、いや倒産しないまでも業績が悪化した場合、給与は何の前触れもなく突然減らされます。

 そのリスクを考慮してアリ社会でも、副業収入を得ようとしている人達が増えています。

 いわゆる夜の顔だったり、土日の顔などと言われていたり。つまり収入源を会社だけでなく、他のところからも得ようとする動きが強くなってきています。

 一方で、未だに副業を禁止している会社も多数存在することもまた事実。しかし、副業禁止なんて時代錯誤もいいところです。

 

ビジネスの基本公式はどこまで行っても

「与えた価値=受け取る価値」です。

お金という価値を得るには社会に対して何なかの価値を与える必要があります。

「お金はもらうもの」だという思考があると、金持ちになるには運が良くなければいけないという考え方になってしまいます。だから一括千金を夢見て、宝クジに手をだしてしまうのです。

その思考のまま仮に宝くじ1億円を当てても、貰えるものという発想からそのお金で快楽を得ようとします。アメリカの宝クジで大金を手にした人の10年後を追跡調査した結果があります。それによると98%の人達が当選前と変わらぬ生活に戻っていたといいます。それはほとんど消費に回しているからです。これはお金で快楽を得ようとしているからです。

 

キリギリスはとにかく価値を与えることに集中します。お金を稼ぐことに意識の集中をします。そのために行動します。その価値が無限に存在するので、お金は無限の資源だと思っています。

 

お金はもらえるものだという発想はお金に対するマイナスのイメージを持ってしまいます。お金持ちは強欲で卑怯で打算的だと考えてしまいます。これは親や学校教育の影響もありますが、毎月給料をもらっているサラリーマンの待遇が最大の要因だと感じます。

 しかし、実際は逆なのです。お金持ちは多くの税金を払い、慈善事業に寄付をしています。精神的に堕落しているどころか精神的に非常に豊かで高い品格の持ち主なのです。

 「お金持ちの人」は社会の解決すべき問題に集中し、人々の生活を向上させるモノやサービスを生みだすことを考えています。それは他人の幸せを本気で考えているからこそ出来ることなのです。

したがって、拝金主義に毒されていないことを美徳とし、お金は汚いものだと思っています。

 

 アリ社会が平等を好むのは、お金はもらうものだという思いがあるからです。安定を得るには、就職する必要があると考えます。しかし、お金を得る手段は就職だけではありません。就職アリは雇用の安定に惹かれるが、キリギリスは自分自身の働きだけが安定をもたらすことを知っています。

 

 以上

本宮 貴大でした。ありがとうございました。