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勉強、教育、人材育成

なぜ復習を軽視するのか。

 こんにちは。本宮 貴大(もとみや たかひろ)です。

記事を閲覧してくださって本当にありがとうございます。

今回のテーマは「なぜ復習を軽視するのか。」というお話です

是非、最後までお読みくださいますようよろしくお願いします。

 

私達の脳は大変な面倒くさがりです。したがって、「知っている」程度の学習内容も、「わかっている」と解釈してしまいます。

 

 復習ほどつまらない勉強はありません。

 高校時代、テストの答案が返却され、先生がテストの解説をしている時、こう言いました。「この問題はあれほどテストに出すと言ったのに、出来てない人が多かった」と。確かに先生は授業の時、この問題はテストに出すと言っていました。

 あらかじめ、先生が予告したにも関わらず、なぜこんなことが起きたのでしょうか。その原因は単にやっていない若しくは、復習の量が足りないからなのではないかと思います。この結果は1、2回だけの勉強でテストに臨むと記憶が曖昧になり、いざという時にド忘れしてしまった人が多かったから起きたことだと思います。

 

なぜ、復習は大事だと分かっていながら軽視してしまうのでしょうか。

 

 私達は物事を判断する時、主観というものが入ってきます。いくら「私は他の人に比べて客観的に物事を見れる」という人でもコンピューターのように客観的な判断はなかなか下せません。したがって、自分がどの程度その学習内容理解出来ているかを客観視することは出来ないようになっています。

 

 しかし、「知っている」と「分かっている」は全く別物だということを理解して頂きたい。知っているとは、私達の普段の日常において会話の中やテレビで聞いたことあるような浅い知識のことで、その言葉を聞いた時、「ああ。それ知ってる。○○ってことでしょう。」と瞬時に判断を下します。問題なのは、何となく聞いたことのある程度の情報でも分かっていると解釈してしまうことです。

 「わかっている」というは、しっかりと身につき、その知識を使った応用問題にも対応できるくらいまで理解している状態のことで、すぐに忘れてしまうような知っている程度のものではないのです。

 私達の脳は良く言えば「節約志向」、悪く言えば「ケチ」であり、出来るだけエネルギーの消耗を嫌います。したがって、「知っている」程度の内容も、安易に「分かっている」と判断してしまうのです。

 

 前々回の記事で復習は最低6回は必要だということを言いました。もし、あなたが「え?6回も復習をやるの?そんなに必要ないのでは?」と思ったとしたら、あなたは脳のトラップにまんまとハマってしまっています。脳が「6回なんて面倒くさいことはやりたくない」と電気信号を送ったのです。しかし、実際にはそのくらい必要です。

 私達は朝起きてから寝るまでたくさんの情報を脳に取り入れ、判断を下し、生活をしています。したがって、既に知っている情報は取り入れないようになっています。さもないと脳がパンク状態になってしまいます。

 

 知っている程度の知識ではテストの時にド忘れしてしまったり、応用問題を紐とくヒントが得られなかったりと、様々な不利益をもたらします。したがって、この「節約原理」を知っておくべきです。

 節約志向の脳は、「分かっていること」と「分かっていないこと」の2つだけのボックスにし、知っている程度のことでも「ああ、それ分かっているから良いや。やらなくても。」と「分かっていること」ボックスに分類してしまうのです。

 もし、人間がコンピューターのような「客観脳」だったなら、「この箇所は、このくらいしか理解出来ていないから、6回目だけど、もう一度見直そう」と判断するのです。 人間の脳は主観脳なので、自分がどの程度理解出来ているかを判断しにくくしているのです。

  では学習内容が「知っている」か「分かっているか」を判断する方法は何でしょうか。やはり問題種をやって理解度を判定するのはもちろん、お勧めはアウトプットしてみることです。真っ白なノートの見開き1ページに「ベクトルとは何か」などを自分なりに書いてみるのです。まぁ、それも面倒臭いかも知れませんが・・・・

 勉強は言ってみれば、脳との戦いです。だから、習慣化や潜在意識を味方にする必要が出てくるのです。これについてはまた次回の記事で。

以上

最後まで記事を閲覧してくださって、本当にありがとうございます。

本宮 貴大でした。それでは。